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江東区の女性行方不明事件、秋葉原の通り魔事件はどちらも「派遣社員」という身分の人間が犯人でした。
私は、この犯人たちが「派遣社員」であることが原因で、事件を起こしたとは、もちろん思いません。でも、「派遣社員」であることが、犯行誘引の100分の1、あるいは10分の1を占めているかもしれないと考えます。
なぜなら、私自身が「派遣社員」という立場で、もうすぐ会社を辞める(辞めさせられる)のですが、このまま黙って現実を過ごすべきか考えているからです。
少しずつ具体的に何が起きたかを、このブログで報告します。
日々自尊心を踏みにじられ、差別され、最終的には理不尽に解雇通告を受けました。
勤め先は財閥系IT子会社です。社内は表向きの階層と、その中にも暗黙の階層分けがあります。
表向きは、つまり肩書きです。まず、社員で総合職はプロパーと自らを呼び、事務職社員と自分たちを差別化します。事務職は「事務職さん」とか「女の子」と呼ばれます。
同じプロパーでも、吸収した企業から来た社員を、二言目には「E(企業名)の人だから…」と言い、差別しています。
さらに新卒採用を生え抜きとし、既卒採用と分け、能力に関わらず明らかに業務差別をしています。
この下に位置するのが「請負」です。請負は、同系の孫会社、経営権を掌握している関連企業、「パートナー」企業と順位がつけられ、それぞれでさらに会社の規模別に差別されます。
表向きの待遇としては、イントラネットの見れる画面を制限する、携帯を渡す・渡さない、メールアドレスを個別に渡す・グループとして渡す、業務PCのスペックの上下、などなど細部にわたります。
その下に位置するのが「派遣」です。派遣は業務PCのスペックは最低限を渡され、イントラネット照会ページも制限されますが、それ以外は、全て支給されます。そして何でも屋になります。処遇は部署のメンバーや上司により大きく左右されます。
私について、去年の秋までは比較的落ち着いていました。それまでの上司は、上記のルールに従う官僚的で尊大な性格の人でしたが、仕事ぶりをかってくれていて、「都合のつく限りいつまでも働いていてほしい」と私と派遣会社の社長に言っていました。
部署のメンバーは、「出世なんか気にしてない」などと影で言いながら上司の機嫌ばかり取る、身長約180センチ体重120キロ以上のおしゃべりな人で、上司の手前、そのときまではおとなしくしていました。
でも、エリート意識の強い彼は、「彼女に色々教えてもらって」という元の上司の言葉がとても気に食わないようで、何かにつけ、敵対的に振舞うようになっていました。
そして、この3月にいきなり解雇を告げる上司が、繰上げでチームリーダーになりました。
続きは明日に。
会社を辞めるまでに、この話を完結するつもりです。
私は、この犯人たちが「派遣社員」であることが原因で、事件を起こしたとは、もちろん思いません。でも、「派遣社員」であることが、犯行誘引の100分の1、あるいは10分の1を占めているかもしれないと考えます。
なぜなら、私自身が「派遣社員」という立場で、もうすぐ会社を辞める(辞めさせられる)のですが、このまま黙って現実を過ごすべきか考えているからです。
少しずつ具体的に何が起きたかを、このブログで報告します。
日々自尊心を踏みにじられ、差別され、最終的には理不尽に解雇通告を受けました。
勤め先は財閥系IT子会社です。社内は表向きの階層と、その中にも暗黙の階層分けがあります。
表向きは、つまり肩書きです。まず、社員で総合職はプロパーと自らを呼び、事務職社員と自分たちを差別化します。事務職は「事務職さん」とか「女の子」と呼ばれます。
同じプロパーでも、吸収した企業から来た社員を、二言目には「E(企業名)の人だから…」と言い、差別しています。
さらに新卒採用を生え抜きとし、既卒採用と分け、能力に関わらず明らかに業務差別をしています。
この下に位置するのが「請負」です。請負は、同系の孫会社、経営権を掌握している関連企業、「パートナー」企業と順位がつけられ、それぞれでさらに会社の規模別に差別されます。
表向きの待遇としては、イントラネットの見れる画面を制限する、携帯を渡す・渡さない、メールアドレスを個別に渡す・グループとして渡す、業務PCのスペックの上下、などなど細部にわたります。
その下に位置するのが「派遣」です。派遣は業務PCのスペックは最低限を渡され、イントラネット照会ページも制限されますが、それ以外は、全て支給されます。そして何でも屋になります。処遇は部署のメンバーや上司により大きく左右されます。
私について、去年の秋までは比較的落ち着いていました。それまでの上司は、上記のルールに従う官僚的で尊大な性格の人でしたが、仕事ぶりをかってくれていて、「都合のつく限りいつまでも働いていてほしい」と私と派遣会社の社長に言っていました。
部署のメンバーは、「出世なんか気にしてない」などと影で言いながら上司の機嫌ばかり取る、身長約180センチ体重120キロ以上のおしゃべりな人で、上司の手前、そのときまではおとなしくしていました。
でも、エリート意識の強い彼は、「彼女に色々教えてもらって」という元の上司の言葉がとても気に食わないようで、何かにつけ、敵対的に振舞うようになっていました。
そして、この3月にいきなり解雇を告げる上司が、繰上げでチームリーダーになりました。
続きは明日に。
会社を辞めるまでに、この話を完結するつもりです。
序章「美唯子 失業中」
―美唯子 生活全般を修正する直前 少しだけ静かなひととき―
序−2 修太郎と出会う
最近なんとなく付き合い始めている事問(こととい)修太郎とは、土日のどちらかに公園や神社で会う。2歳年下で就職が内定したばかりの彼に負担をかけたくないし、母や子猫たちも気になるので、夜は早々に帰宅する。
修太郎とは、渋谷の駅前交差点で出会った。ナンパといえばナンパなのかな。信号待ちでぼ〜と立っていた美唯子の目の前に、爆弾で急襲された髪型の背の高い男が、突然現れた。目を見張る美唯子の目の高さまで顔の高さを下げてじっと目を合わせた。
「美味しいカレーが食いたいんですが、店、知りませんか?」
美唯子は渋谷に疎く、今日も、ただ東急ハンズにオーガニックのキャットフードを買いに来ただけだ。
「ごめんなさい。わかりません」
と言いながらも、困っている人を放っておけない性分で、周りの人を手当たり次第に捕まえては、カレー屋の名前を聞き出そうとした。まるで布教活動のように熱心に尋ねる二人に道行く人は思いっきり引いている。とはいえ、何人目かの人がサムラートを教えてくれた。
「よかったですね」
美唯子が渋谷駅前から東急ハンズ方向へ歩き出すと、修太郎が追いかけてきた。
「一緒にカレー食いましょう」
「え?もうお昼食べてきちゃったんですよ」
「じゃあ、カレー屋で何か飲みましょう」
美唯子は、照れているのか普段通りなのか、微妙な笑顔の修太郎がかわいいと思った。
渋谷の交差点から、道を間違えるだけ間違え、坂をあがったり下がったりして、道玄坂の曲がりくねった裏通り、松涛の住宅街や公園、東急本店、文化村、パルコ、東急ハンズでついでに買い物をし、NHKホール、表参道近くまで歩き、ほぼ渋谷駅半径2km範囲を踏破した。
サムラートにたどり着いたときには夕方になっていたが、修太郎は慌てるでもなく、看板を見つけて階段を降り、たんたんと席に着く。
方向音痴が二人の共通点だと気づく。美唯子は楽だった。
サムラートでカレーを食べる修太郎を見ながら、ラッシーをちびちび飲む美唯子。ナンをちぎっては嬉しそうにキーマカレーに漬して食べる修太郎は、ダール豆のカレーやムルギーも注文していた。
修太郎は特に自分のことを話さない。美唯子に質問をしない。店の音楽がいいねという。
「シタールの音とかっていいよね。ちょっと味見てみる?」
「うん」
修太郎はナンをちぎり、キーマカレーをたっぷりつけて美唯子に渡す。
「やっぱ、人が美味しいという店は美味しいね」
「うん(なんだろう、この自然な空気は)」
美唯子は、彼女にとって二口分以上の大きさのナンを一口でほおばり、1分くらい黙って噛みしめていた。静かな空気が、生まれて初めて心地よかった。
緊張型の美唯子は、今までプロパーの彼がいたためしがない。[さあお付き合い]的カチンコチン症状が彼女をおそい、初めて二人で会う段になると、想像を絶するそそうをしてしまうのだ。
食事中の会話で笑いをこらえきれず噴き出し、相手の顔を食べ物と飲み物でびしょびしょにしてしまう。相手の足にけつまずいて美唯子自身が転び、スカートが裏返ってパンツ丸出しになり、ひざを血だらけにする。出掛けにお化粧や髪のセットがうまくいかず、一緒にいる人が恥ずかしくなるような化粧や髪型で待ち合わせ場所に現れる。靴を左右反対に履いて出かけてしまい、相手に指摘されるまで気づかない。などなど…
それでもいいと言ってくれた人がほとんどだが、全部トラウマになってしまう美唯子は、自分から即やめしてしまう。
大人になってから一緒にいて自然でいられる男性は、他人では初めてだった。
修太郎と住所や電話番号を交換し手を振ったときには、もうすっかり夕飯の時間だった。それからなんとなくほぼ毎日、電話で話すようになった。
修太郎は、常に自分の髪型と戦う男である。今は、デビュー当時のひろみ郷のような、大きなカールが顔を覆うような髪型だ。ほぼ一月に一度髪形を変えている。彼は、月に6〜7センチ髪が伸びる。それが、髪型難民の理由だ。
修太郎は、山口県出身のどこか頼りない男である。俺について来い、とか、幸せにする、とか、俺がルールブックだ、とか絶対に言わない。たぶん自分から結婚しようと言う事もないだろう。美唯子は、彼のそういうところにほっとする。
特に何かにこだわりがあるわけでもなく、仕事や勉強に入れ込むわけでもなく、マニアックなところもない。薀蓄は言わない。車や時計に興味がない。ブランドはよく知らない。マニュアル本は読まない。お笑いとかを見ながらよく笑う修太郎を見てると、なんだか癒される美唯子であった。
「こんなふうが続くはずはないのかな。すごく幸せなんだけどな」
自分で生活する力をつけなければいけない。稼がなければ。母の苦労を子供のころから見てきた美唯子は、人一倍責任感が強い。でも、今のこの楽な不満のない毎日、温かい語らない修太郎といる人生の休暇を長引かせたいと思ってしまうのであった。
「(タマやクーみたいに、掌の中でゆらゆらゴロゴロしている感じかな〜)」
なんだかモラトリアムだ(ニートではない)が、まあいいやと思う美唯子。
しかし、こんな極楽を絵に描いたような美唯子も、半年前までは新卒入社の大手外資系企業の新卒で配属された部署で、大きなジレンマに陥っていた。
彼女に、さまざまな論理的哲学的課題を与え、普遍的道徳観、倫理観への目覚めとともに、企業倫理の探求を始める、人生の長旅に出るきっかけとなるできごと。
次回からこの話を。
この頃ヒットしていたのは、小林明子『恋におちて』
「なんて自然で唄いやすい曲だろう」
美唯子は、ピアノでコピーし、感動しながら弾き語りをしていた。
ベストヒットUSAでは、ジョン・パー『セントエルモスファイア』、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『パワーオブラブ』、プリンス、クール&ザ・ギャング、フィル・コリンズ、マドンナなどが流れていた。
―美唯子 生活全般を修正する直前 少しだけ静かなひととき―
序−2 修太郎と出会う
最近なんとなく付き合い始めている事問(こととい)修太郎とは、土日のどちらかに公園や神社で会う。2歳年下で就職が内定したばかりの彼に負担をかけたくないし、母や子猫たちも気になるので、夜は早々に帰宅する。
修太郎とは、渋谷の駅前交差点で出会った。ナンパといえばナンパなのかな。信号待ちでぼ〜と立っていた美唯子の目の前に、爆弾で急襲された髪型の背の高い男が、突然現れた。目を見張る美唯子の目の高さまで顔の高さを下げてじっと目を合わせた。
「美味しいカレーが食いたいんですが、店、知りませんか?」
美唯子は渋谷に疎く、今日も、ただ東急ハンズにオーガニックのキャットフードを買いに来ただけだ。
「ごめんなさい。わかりません」
と言いながらも、困っている人を放っておけない性分で、周りの人を手当たり次第に捕まえては、カレー屋の名前を聞き出そうとした。まるで布教活動のように熱心に尋ねる二人に道行く人は思いっきり引いている。とはいえ、何人目かの人がサムラートを教えてくれた。
「よかったですね」
美唯子が渋谷駅前から東急ハンズ方向へ歩き出すと、修太郎が追いかけてきた。
「一緒にカレー食いましょう」
「え?もうお昼食べてきちゃったんですよ」
「じゃあ、カレー屋で何か飲みましょう」
美唯子は、照れているのか普段通りなのか、微妙な笑顔の修太郎がかわいいと思った。
渋谷の交差点から、道を間違えるだけ間違え、坂をあがったり下がったりして、道玄坂の曲がりくねった裏通り、松涛の住宅街や公園、東急本店、文化村、パルコ、東急ハンズでついでに買い物をし、NHKホール、表参道近くまで歩き、ほぼ渋谷駅半径2km範囲を踏破した。
サムラートにたどり着いたときには夕方になっていたが、修太郎は慌てるでもなく、看板を見つけて階段を降り、たんたんと席に着く。
方向音痴が二人の共通点だと気づく。美唯子は楽だった。
サムラートでカレーを食べる修太郎を見ながら、ラッシーをちびちび飲む美唯子。ナンをちぎっては嬉しそうにキーマカレーに漬して食べる修太郎は、ダール豆のカレーやムルギーも注文していた。
修太郎は特に自分のことを話さない。美唯子に質問をしない。店の音楽がいいねという。
「シタールの音とかっていいよね。ちょっと味見てみる?」
「うん」
修太郎はナンをちぎり、キーマカレーをたっぷりつけて美唯子に渡す。
「やっぱ、人が美味しいという店は美味しいね」
「うん(なんだろう、この自然な空気は)」
美唯子は、彼女にとって二口分以上の大きさのナンを一口でほおばり、1分くらい黙って噛みしめていた。静かな空気が、生まれて初めて心地よかった。
緊張型の美唯子は、今までプロパーの彼がいたためしがない。[さあお付き合い]的カチンコチン症状が彼女をおそい、初めて二人で会う段になると、想像を絶するそそうをしてしまうのだ。
食事中の会話で笑いをこらえきれず噴き出し、相手の顔を食べ物と飲み物でびしょびしょにしてしまう。相手の足にけつまずいて美唯子自身が転び、スカートが裏返ってパンツ丸出しになり、ひざを血だらけにする。出掛けにお化粧や髪のセットがうまくいかず、一緒にいる人が恥ずかしくなるような化粧や髪型で待ち合わせ場所に現れる。靴を左右反対に履いて出かけてしまい、相手に指摘されるまで気づかない。などなど…
それでもいいと言ってくれた人がほとんどだが、全部トラウマになってしまう美唯子は、自分から即やめしてしまう。
大人になってから一緒にいて自然でいられる男性は、他人では初めてだった。
修太郎と住所や電話番号を交換し手を振ったときには、もうすっかり夕飯の時間だった。それからなんとなくほぼ毎日、電話で話すようになった。
修太郎は、常に自分の髪型と戦う男である。今は、デビュー当時のひろみ郷のような、大きなカールが顔を覆うような髪型だ。ほぼ一月に一度髪形を変えている。彼は、月に6〜7センチ髪が伸びる。それが、髪型難民の理由だ。
修太郎は、山口県出身のどこか頼りない男である。俺について来い、とか、幸せにする、とか、俺がルールブックだ、とか絶対に言わない。たぶん自分から結婚しようと言う事もないだろう。美唯子は、彼のそういうところにほっとする。
特に何かにこだわりがあるわけでもなく、仕事や勉強に入れ込むわけでもなく、マニアックなところもない。薀蓄は言わない。車や時計に興味がない。ブランドはよく知らない。マニュアル本は読まない。お笑いとかを見ながらよく笑う修太郎を見てると、なんだか癒される美唯子であった。
「こんなふうが続くはずはないのかな。すごく幸せなんだけどな」
自分で生活する力をつけなければいけない。稼がなければ。母の苦労を子供のころから見てきた美唯子は、人一倍責任感が強い。でも、今のこの楽な不満のない毎日、温かい語らない修太郎といる人生の休暇を長引かせたいと思ってしまうのであった。
「(タマやクーみたいに、掌の中でゆらゆらゴロゴロしている感じかな〜)」
なんだかモラトリアムだ(ニートではない)が、まあいいやと思う美唯子。
しかし、こんな極楽を絵に描いたような美唯子も、半年前までは新卒入社の大手外資系企業の新卒で配属された部署で、大きなジレンマに陥っていた。
彼女に、さまざまな論理的哲学的課題を与え、普遍的道徳観、倫理観への目覚めとともに、企業倫理の探求を始める、人生の長旅に出るきっかけとなるできごと。
次回からこの話を。
この頃ヒットしていたのは、小林明子『恋におちて』
「なんて自然で唄いやすい曲だろう」
美唯子は、ピアノでコピーし、感動しながら弾き語りをしていた。
ベストヒットUSAでは、ジョン・パー『セントエルモスファイア』、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『パワーオブラブ』、プリンス、クール&ザ・ギャング、フィル・コリンズ、マドンナなどが流れていた。
序章「美唯子 失業中」
―美唯子 生活全般を修正する直前 少しだけ静かなひととき―
序−1 東京下町に母と子猫たちと暮らす
うらうらとした暖かい冬の日なた。東京下町門前仲町、コの字型木造平屋一戸建て、中庭の梅がほころび始めた。ふきのとうの固くたたまれていた黄緑色の葉も、柔らかく膨らみ始め、肌寒い中にも陽だまりに春の香りが漂う。
1986年2月、バブル絶頂期。業績絶好調のIT企業CCS株式会社の6次面接が終わり最終合否を待つばかりだった後前美唯子(うしろまえみいこ)は、縁側で日向ぼっこをしながら、失業した次の日に自宅の庭で保護した子猫たちにミルクをあげていた。
「2人の養育費を稼がなきゃね」
白黒のタマと三毛のクー。2匹は美唯子の両掌にすっぽり納まってゴロゴロいいながら転がされるままにうらうらと揺られていた。柔らかい日差しを浴びて、生まれたばかりの白い産毛がなんと美しいことか。
失業手当のほとんどを、獣医に支払う医療費や行き帰りの交通費に当てていた。縁側で猫とじゃれあう美唯子は、母親アイ子がしゃきしゃき働いているおかげでのほほんとしていられる。面接日以外は、朝から晩まで猫・ねこ・ネコの至福の生活だ。
父は行方不明だ。母は連絡をとっているらしいが。アジアのどこかへ自分探しの旅に出て、どこかに定着し、何らかの仕事を始めているらしいと親類が言っていた。
母との間では父の話はタブー。たぶん聞けば話してくれる。でも、パンドラの箱を開けてしまうのが美唯子は怖い。聞けば、今まで抑えていた父への怒りと恨みが大爆発を起こし、いつ果てるともない罵詈雑言が噴き出すに違いないのである。
「触らぬ神にタタリなし…」
母は、大学を卒業して以来の仕事である有名デパートのショップコーディネータを機嫌よく続けている。彼女をねぎらいながら、美唯子は父のことを一切口にしなかった。
ただ時々、「仕事、ご苦労様」などと普通に話しかけたきっかけで、母がはじけることがある。
「何で私が働き続けなきゃならないのよ(怒
)結婚したら少しのんびりすればいいよって言ったじゃない(怒
)のんびりするって仕事しながらかよ(怒
)あんた生んで3ヵ月後には仕事復帰よ(怒
)あの男は何してんのよ(爆
)一人で勝手に、結婚してすぐ南米に行っちゃったわよ(爆
)計画があるって聞いたとき、新婚旅行だとばかり思って『いいねー』って言っちゃったわよ(爆
)普通そう思うわよね(怒
)あのタイミングだったらさあ(怒
)で、今度は東南アジアかよ(爆
)(裂
)」
叫びは無限に続く。シャツを二の腕まで捲り上げ、空に向かってこぶしを振り上げ、炎を吹いていた。
「ママ、いただきもののアンポ柿があるよ〜♪お茶入れよっかね〜」
「や〜だ〜(嬉)」
突然機嫌がなおる。甘くて美味しいものがあれば、たいていのことは克服してしまう気のいい母であった。本当は不安で心配で悲しくて苦しくてたまらないのだが、下町っ子の心意気と、娘に苦しみを共有させたくない気持ちで、普段は自己抑制の塊になっている。ごくたまに、特にきっかけもなく、どうしても気持ちを抑えきれなくなり、父親への果てしのない悪口爆弾を降らせるのだ。
母の話は、いずれまた別のお話として詳しく。
中森明菜の『DESIRE』。
「こんなに歌唱力のあるアイドルがいるんだ。感動〜」
美唯子は感心しつつ、自宅で振り付け入りでのカラオケの練習。
「(けっこういける♪
)」
などと思っていた。
この頃は「ベストヒットUSA」が最高潮!美唯子は、音楽漬けの毎日だった。
ホイットニー・ヒューストン『How Will I Know』、サバイバー『Burning Heart』、ミスターミスター『Kyrie(キリエ)』、ジェームズ・ブラウン『Living In America』、他に、ビリー・オーシャン、シャデー、ワム、マイアミサウンドマシーン、スターシップなど♪ディスコサウンドを中心に、あらゆる音楽が輝いていた。
次回は美唯子の彼の話を。
―美唯子 生活全般を修正する直前 少しだけ静かなひととき―
序−1 東京下町に母と子猫たちと暮らす
うらうらとした暖かい冬の日なた。東京下町門前仲町、コの字型木造平屋一戸建て、中庭の梅がほころび始めた。ふきのとうの固くたたまれていた黄緑色の葉も、柔らかく膨らみ始め、肌寒い中にも陽だまりに春の香りが漂う。
1986年2月、バブル絶頂期。業績絶好調のIT企業CCS株式会社の6次面接が終わり最終合否を待つばかりだった後前美唯子(うしろまえみいこ)は、縁側で日向ぼっこをしながら、失業した次の日に自宅の庭で保護した子猫たちにミルクをあげていた。
「2人の養育費を稼がなきゃね」
白黒のタマと三毛のクー。2匹は美唯子の両掌にすっぽり納まってゴロゴロいいながら転がされるままにうらうらと揺られていた。柔らかい日差しを浴びて、生まれたばかりの白い産毛がなんと美しいことか。
失業手当のほとんどを、獣医に支払う医療費や行き帰りの交通費に当てていた。縁側で猫とじゃれあう美唯子は、母親アイ子がしゃきしゃき働いているおかげでのほほんとしていられる。面接日以外は、朝から晩まで猫・ねこ・ネコの至福の生活だ。
父は行方不明だ。母は連絡をとっているらしいが。アジアのどこかへ自分探しの旅に出て、どこかに定着し、何らかの仕事を始めているらしいと親類が言っていた。
母との間では父の話はタブー。たぶん聞けば話してくれる。でも、パンドラの箱を開けてしまうのが美唯子は怖い。聞けば、今まで抑えていた父への怒りと恨みが大爆発を起こし、いつ果てるともない罵詈雑言が噴き出すに違いないのである。
「触らぬ神にタタリなし…」
母は、大学を卒業して以来の仕事である有名デパートのショップコーディネータを機嫌よく続けている。彼女をねぎらいながら、美唯子は父のことを一切口にしなかった。
ただ時々、「仕事、ご苦労様」などと普通に話しかけたきっかけで、母がはじけることがある。
「何で私が働き続けなきゃならないのよ(怒
)結婚したら少しのんびりすればいいよって言ったじゃない(怒
)のんびりするって仕事しながらかよ(怒
)あんた生んで3ヵ月後には仕事復帰よ(怒
)あの男は何してんのよ(爆
)一人で勝手に、結婚してすぐ南米に行っちゃったわよ(爆
)計画があるって聞いたとき、新婚旅行だとばかり思って『いいねー』って言っちゃったわよ(爆
)普通そう思うわよね(怒
)あのタイミングだったらさあ(怒
)で、今度は東南アジアかよ(爆
)(裂
)」叫びは無限に続く。シャツを二の腕まで捲り上げ、空に向かってこぶしを振り上げ、炎を吹いていた。
「ママ、いただきもののアンポ柿があるよ〜♪お茶入れよっかね〜」
「や〜だ〜(嬉)」
突然機嫌がなおる。甘くて美味しいものがあれば、たいていのことは克服してしまう気のいい母であった。本当は不安で心配で悲しくて苦しくてたまらないのだが、下町っ子の心意気と、娘に苦しみを共有させたくない気持ちで、普段は自己抑制の塊になっている。ごくたまに、特にきっかけもなく、どうしても気持ちを抑えきれなくなり、父親への果てしのない悪口爆弾を降らせるのだ。
母の話は、いずれまた別のお話として詳しく。
中森明菜の『DESIRE』。
「こんなに歌唱力のあるアイドルがいるんだ。感動〜」
美唯子は感心しつつ、自宅で振り付け入りでのカラオケの練習。
「(けっこういける♪
)」などと思っていた。
この頃は「ベストヒットUSA」が最高潮!美唯子は、音楽漬けの毎日だった。
ホイットニー・ヒューストン『How Will I Know』、サバイバー『Burning Heart』、ミスターミスター『Kyrie(キリエ)』、ジェームズ・ブラウン『Living In America』、他に、ビリー・オーシャン、シャデー、ワム、マイアミサウンドマシーン、スターシップなど♪ディスコサウンドを中心に、あらゆる音楽が輝いていた。
次回は美唯子の彼の話を。




