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第一章「株式会社ICM日本 樋泉課長」
―美唯子のモットー その一「弱いものの味方」を修正する―
第一話−1 セクハラ課長 樋泉と出会う
1984年4月、大学を卒業し、米国系大手コンピュータ企業に入社した美唯子。半年間の初期集合研修を終えて配属されたのは統括営業部門の金融系マーケティング部隊であった。
課長以下、係長2人、主任2人、課員は美唯子を入れて3人。得意先、代理店(今で言うパートナー企業)、アドオンソフト開発企業、広告会社、イベント会社などに出向くことが多く、席には誰もいないことが多かった。
配属初日、満面笑みの仁王立ちで美唯子を迎えたのは、課長一人だった。
その名は樋泉宏。背が高く、がっちりした骨格。目がぎょろぎょろした、顔の全ての要素が大きい男だ。
「(クロマニヨン人とはこんな人?)」
美唯子は初対面で感じた。見た目とは対照的に、時々裏返る声が力ない。ひょろひょろした声で美唯子を呼ぶ。
「みゅ〜こちゃあぁ〜ん」
彼女の名前は「みいこ」と読む。何度か訂正した。しかし一向に直そうとする気配はない。
名前は、固体の識別のためにあるものなのだから、本人同士が了解していれば『番号』で呼びあうのもよいだろう。だが、人の名前を思い込みで間違えて呼ぶことを平気でする人や、本人の了承も得ず好きな呼び名で呼ぶ人は、人を尊重するという基本的な倫理観に欠けている場合がほとんどである。
漠然と、美唯子は樋泉に警戒感を持った。
所属は決まったものの、その後個別研修でたまにしか配属先に戻らないうちに、半年が過ぎた。
新しい知識や経験に満ちた研修は刺激的で、ただ楽しかった。合宿研修や研修所の教官は皆尊敬できる人材。カフェテリアのランチは美味しい♪社会や未来について熱く語る同期も頼もしい。大学時代よりずっと密度の濃いアカデミックな毎日だった。
「(就職ってこんなに楽しいの?)」
美唯子は、この後身に降りかかることを想像もしていない。
「これだけ研修にお金をかけてもらったのだから、会社に利益になるようにばりばり働いかなきゃ」
時はバブルの真っ盛り。研修中に同期とたくさん話し、飲み、食べ、踊り、歌い、どんな仕事でもこなせるような気になっていた。はしゃぐ美唯子。自覚のないまま自信過剰になり、初心を忘れていった。
美唯子は、大学で日本の公害問題や米国の企業犯罪を研究し、大きな衝撃を受けていた。犯罪を起こす企業と社会貢献をビジネス信条とする企業にはどのような違いがあるのだろう。美唯子は、さまざまなケースを分析して体系的にまとめたいと思った。就職せずに大学院に上がり研究を深めたかったが、これ以上の経済負担を母親にかけられないと思い、自分で大学院の費用を稼ごうと決心した。
就職は、学費を稼ぐだけでなく、実地で企業の風土や文化を感じることに役立つとも思った。中に入って、理想的な企業のあり方を探りたかった。それをライフワークにしようと思っていた。
それが今は、すっかりバブルに浮かれるただのOLになっていた。小さな枠の中で満足をし、考える時間がどんどん減って、感受性が鈍くなる。美唯子は、ひどく楽天的になり、どんどん偏っていった。
1984年12月にはボーパール化学工場事故が起きた。米国ユニオンカーバイド社のインド工場で、地域住民の1万5000人が死亡し、半数近くである60万人が被害を受けた。社会にとって、誰かがコミットして企業倫理を研究しなければならない時期に入りつつあった。
カラオケでみんなで大声で必ず歌っていたのはチェッカーズ『涙のリクエスト』、石川優子とチャゲ『ふたりの愛ランド』
ベストヒットUSAではレイ・パーカー・ジュニア『Ghostbusters』、ワム『Wake Me Up Before You Go-go』、ビリー・オーシャン『Caribbean Queen』、ポインター・シスターズ『Jump』、イエスやブルース・スプリングスティーンをかっこよくやっていた。
この後、強烈なしっぺ返しを受ける美唯子。
次のお話から。
―美唯子のモットー その一「弱いものの味方」を修正する―
第一話−1 セクハラ課長 樋泉と出会う
1984年4月、大学を卒業し、米国系大手コンピュータ企業に入社した美唯子。半年間の初期集合研修を終えて配属されたのは統括営業部門の金融系マーケティング部隊であった。
課長以下、係長2人、主任2人、課員は美唯子を入れて3人。得意先、代理店(今で言うパートナー企業)、アドオンソフト開発企業、広告会社、イベント会社などに出向くことが多く、席には誰もいないことが多かった。
配属初日、満面笑みの仁王立ちで美唯子を迎えたのは、課長一人だった。
その名は樋泉宏。背が高く、がっちりした骨格。目がぎょろぎょろした、顔の全ての要素が大きい男だ。
「(クロマニヨン人とはこんな人?)」
美唯子は初対面で感じた。見た目とは対照的に、時々裏返る声が力ない。ひょろひょろした声で美唯子を呼ぶ。
「みゅ〜こちゃあぁ〜ん」
彼女の名前は「みいこ」と読む。何度か訂正した。しかし一向に直そうとする気配はない。
名前は、固体の識別のためにあるものなのだから、本人同士が了解していれば『番号』で呼びあうのもよいだろう。だが、人の名前を思い込みで間違えて呼ぶことを平気でする人や、本人の了承も得ず好きな呼び名で呼ぶ人は、人を尊重するという基本的な倫理観に欠けている場合がほとんどである。
漠然と、美唯子は樋泉に警戒感を持った。
所属は決まったものの、その後個別研修でたまにしか配属先に戻らないうちに、半年が過ぎた。
新しい知識や経験に満ちた研修は刺激的で、ただ楽しかった。合宿研修や研修所の教官は皆尊敬できる人材。カフェテリアのランチは美味しい♪社会や未来について熱く語る同期も頼もしい。大学時代よりずっと密度の濃いアカデミックな毎日だった。
「(就職ってこんなに楽しいの?)」
美唯子は、この後身に降りかかることを想像もしていない。
「これだけ研修にお金をかけてもらったのだから、会社に利益になるようにばりばり働いかなきゃ」
時はバブルの真っ盛り。研修中に同期とたくさん話し、飲み、食べ、踊り、歌い、どんな仕事でもこなせるような気になっていた。はしゃぐ美唯子。自覚のないまま自信過剰になり、初心を忘れていった。
美唯子は、大学で日本の公害問題や米国の企業犯罪を研究し、大きな衝撃を受けていた。犯罪を起こす企業と社会貢献をビジネス信条とする企業にはどのような違いがあるのだろう。美唯子は、さまざまなケースを分析して体系的にまとめたいと思った。就職せずに大学院に上がり研究を深めたかったが、これ以上の経済負担を母親にかけられないと思い、自分で大学院の費用を稼ごうと決心した。
就職は、学費を稼ぐだけでなく、実地で企業の風土や文化を感じることに役立つとも思った。中に入って、理想的な企業のあり方を探りたかった。それをライフワークにしようと思っていた。
それが今は、すっかりバブルに浮かれるただのOLになっていた。小さな枠の中で満足をし、考える時間がどんどん減って、感受性が鈍くなる。美唯子は、ひどく楽天的になり、どんどん偏っていった。
1984年12月にはボーパール化学工場事故が起きた。米国ユニオンカーバイド社のインド工場で、地域住民の1万5000人が死亡し、半数近くである60万人が被害を受けた。社会にとって、誰かがコミットして企業倫理を研究しなければならない時期に入りつつあった。
カラオケでみんなで大声で必ず歌っていたのはチェッカーズ『涙のリクエスト』、石川優子とチャゲ『ふたりの愛ランド』
ベストヒットUSAではレイ・パーカー・ジュニア『Ghostbusters』、ワム『Wake Me Up Before You Go-go』、ビリー・オーシャン『Caribbean Queen』、ポインター・シスターズ『Jump』、イエスやブルース・スプリングスティーンをかっこよくやっていた。
この後、強烈なしっぺ返しを受ける美唯子。
次のお話から。
序章「美唯子 失業中」
―美唯子 生活全般を修正する直前 少しだけ静かなひととき―
序−2 修太郎と出会う
最近なんとなく付き合い始めている事問(こととい)修太郎とは、土日のどちらかに公園や神社で会う。2歳年下で就職が内定したばかりの彼に負担をかけたくないし、母や子猫たちも気になるので、夜は早々に帰宅する。
修太郎とは、渋谷の駅前交差点で出会った。ナンパといえばナンパなのかな。信号待ちでぼ〜と立っていた美唯子の目の前に、爆弾で急襲された髪型の背の高い男が、突然現れた。目を見張る美唯子の目の高さまで顔の高さを下げてじっと目を合わせた。
「美味しいカレーが食いたいんですが、店、知りませんか?」
美唯子は渋谷に疎く、今日も、ただ東急ハンズにオーガニックのキャットフードを買いに来ただけだ。
「ごめんなさい。わかりません」
と言いながらも、困っている人を放っておけない性分で、周りの人を手当たり次第に捕まえては、カレー屋の名前を聞き出そうとした。まるで布教活動のように熱心に尋ねる二人に道行く人は思いっきり引いている。とはいえ、何人目かの人がサムラートを教えてくれた。
「よかったですね」
美唯子が渋谷駅前から東急ハンズ方向へ歩き出すと、修太郎が追いかけてきた。
「一緒にカレー食いましょう」
「え?もうお昼食べてきちゃったんですよ」
「じゃあ、カレー屋で何か飲みましょう」
美唯子は、照れているのか普段通りなのか、微妙な笑顔の修太郎がかわいいと思った。
渋谷の交差点から、道を間違えるだけ間違え、坂をあがったり下がったりして、道玄坂の曲がりくねった裏通り、松涛の住宅街や公園、東急本店、文化村、パルコ、東急ハンズでついでに買い物をし、NHKホール、表参道近くまで歩き、ほぼ渋谷駅半径2km範囲を踏破した。
サムラートにたどり着いたときには夕方になっていたが、修太郎は慌てるでもなく、看板を見つけて階段を降り、たんたんと席に着く。
方向音痴が二人の共通点だと気づく。美唯子は楽だった。
サムラートでカレーを食べる修太郎を見ながら、ラッシーをちびちび飲む美唯子。ナンをちぎっては嬉しそうにキーマカレーに漬して食べる修太郎は、ダール豆のカレーやムルギーも注文していた。
修太郎は特に自分のことを話さない。美唯子に質問をしない。店の音楽がいいねという。
「シタールの音とかっていいよね。ちょっと味見てみる?」
「うん」
修太郎はナンをちぎり、キーマカレーをたっぷりつけて美唯子に渡す。
「やっぱ、人が美味しいという店は美味しいね」
「うん(なんだろう、この自然な空気は)」
美唯子は、彼女にとって二口分以上の大きさのナンを一口でほおばり、1分くらい黙って噛みしめていた。静かな空気が、生まれて初めて心地よかった。
緊張型の美唯子は、今までプロパーの彼がいたためしがない。[さあお付き合い]的カチンコチン症状が彼女をおそい、初めて二人で会う段になると、想像を絶するそそうをしてしまうのだ。
食事中の会話で笑いをこらえきれず噴き出し、相手の顔を食べ物と飲み物でびしょびしょにしてしまう。相手の足にけつまずいて美唯子自身が転び、スカートが裏返ってパンツ丸出しになり、ひざを血だらけにする。出掛けにお化粧や髪のセットがうまくいかず、一緒にいる人が恥ずかしくなるような化粧や髪型で待ち合わせ場所に現れる。靴を左右反対に履いて出かけてしまい、相手に指摘されるまで気づかない。などなど…
それでもいいと言ってくれた人がほとんどだが、全部トラウマになってしまう美唯子は、自分から即やめしてしまう。
大人になってから一緒にいて自然でいられる男性は、他人では初めてだった。
修太郎と住所や電話番号を交換し手を振ったときには、もうすっかり夕飯の時間だった。それからなんとなくほぼ毎日、電話で話すようになった。
修太郎は、常に自分の髪型と戦う男である。今は、デビュー当時のひろみ郷のような、大きなカールが顔を覆うような髪型だ。ほぼ一月に一度髪形を変えている。彼は、月に6〜7センチ髪が伸びる。それが、髪型難民の理由だ。
修太郎は、山口県出身のどこか頼りない男である。俺について来い、とか、幸せにする、とか、俺がルールブックだ、とか絶対に言わない。たぶん自分から結婚しようと言う事もないだろう。美唯子は、彼のそういうところにほっとする。
特に何かにこだわりがあるわけでもなく、仕事や勉強に入れ込むわけでもなく、マニアックなところもない。薀蓄は言わない。車や時計に興味がない。ブランドはよく知らない。マニュアル本は読まない。お笑いとかを見ながらよく笑う修太郎を見てると、なんだか癒される美唯子であった。
「こんなふうが続くはずはないのかな。すごく幸せなんだけどな」
自分で生活する力をつけなければいけない。稼がなければ。母の苦労を子供のころから見てきた美唯子は、人一倍責任感が強い。でも、今のこの楽な不満のない毎日、温かい語らない修太郎といる人生の休暇を長引かせたいと思ってしまうのであった。
「(タマやクーみたいに、掌の中でゆらゆらゴロゴロしている感じかな〜)」
なんだかモラトリアムだ(ニートではない)が、まあいいやと思う美唯子。
しかし、こんな極楽を絵に描いたような美唯子も、半年前までは新卒入社の大手外資系企業の新卒で配属された部署で、大きなジレンマに陥っていた。
彼女に、さまざまな論理的哲学的課題を与え、普遍的道徳観、倫理観への目覚めとともに、企業倫理の探求を始める、人生の長旅に出るきっかけとなるできごと。
次回からこの話を。
この頃ヒットしていたのは、小林明子『恋におちて』
「なんて自然で唄いやすい曲だろう」
美唯子は、ピアノでコピーし、感動しながら弾き語りをしていた。
ベストヒットUSAでは、ジョン・パー『セントエルモスファイア』、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『パワーオブラブ』、プリンス、クール&ザ・ギャング、フィル・コリンズ、マドンナなどが流れていた。
―美唯子 生活全般を修正する直前 少しだけ静かなひととき―
序−2 修太郎と出会う
最近なんとなく付き合い始めている事問(こととい)修太郎とは、土日のどちらかに公園や神社で会う。2歳年下で就職が内定したばかりの彼に負担をかけたくないし、母や子猫たちも気になるので、夜は早々に帰宅する。
修太郎とは、渋谷の駅前交差点で出会った。ナンパといえばナンパなのかな。信号待ちでぼ〜と立っていた美唯子の目の前に、爆弾で急襲された髪型の背の高い男が、突然現れた。目を見張る美唯子の目の高さまで顔の高さを下げてじっと目を合わせた。
「美味しいカレーが食いたいんですが、店、知りませんか?」
美唯子は渋谷に疎く、今日も、ただ東急ハンズにオーガニックのキャットフードを買いに来ただけだ。
「ごめんなさい。わかりません」
と言いながらも、困っている人を放っておけない性分で、周りの人を手当たり次第に捕まえては、カレー屋の名前を聞き出そうとした。まるで布教活動のように熱心に尋ねる二人に道行く人は思いっきり引いている。とはいえ、何人目かの人がサムラートを教えてくれた。
「よかったですね」
美唯子が渋谷駅前から東急ハンズ方向へ歩き出すと、修太郎が追いかけてきた。
「一緒にカレー食いましょう」
「え?もうお昼食べてきちゃったんですよ」
「じゃあ、カレー屋で何か飲みましょう」
美唯子は、照れているのか普段通りなのか、微妙な笑顔の修太郎がかわいいと思った。
渋谷の交差点から、道を間違えるだけ間違え、坂をあがったり下がったりして、道玄坂の曲がりくねった裏通り、松涛の住宅街や公園、東急本店、文化村、パルコ、東急ハンズでついでに買い物をし、NHKホール、表参道近くまで歩き、ほぼ渋谷駅半径2km範囲を踏破した。
サムラートにたどり着いたときには夕方になっていたが、修太郎は慌てるでもなく、看板を見つけて階段を降り、たんたんと席に着く。
方向音痴が二人の共通点だと気づく。美唯子は楽だった。
サムラートでカレーを食べる修太郎を見ながら、ラッシーをちびちび飲む美唯子。ナンをちぎっては嬉しそうにキーマカレーに漬して食べる修太郎は、ダール豆のカレーやムルギーも注文していた。
修太郎は特に自分のことを話さない。美唯子に質問をしない。店の音楽がいいねという。
「シタールの音とかっていいよね。ちょっと味見てみる?」
「うん」
修太郎はナンをちぎり、キーマカレーをたっぷりつけて美唯子に渡す。
「やっぱ、人が美味しいという店は美味しいね」
「うん(なんだろう、この自然な空気は)」
美唯子は、彼女にとって二口分以上の大きさのナンを一口でほおばり、1分くらい黙って噛みしめていた。静かな空気が、生まれて初めて心地よかった。
緊張型の美唯子は、今までプロパーの彼がいたためしがない。[さあお付き合い]的カチンコチン症状が彼女をおそい、初めて二人で会う段になると、想像を絶するそそうをしてしまうのだ。
食事中の会話で笑いをこらえきれず噴き出し、相手の顔を食べ物と飲み物でびしょびしょにしてしまう。相手の足にけつまずいて美唯子自身が転び、スカートが裏返ってパンツ丸出しになり、ひざを血だらけにする。出掛けにお化粧や髪のセットがうまくいかず、一緒にいる人が恥ずかしくなるような化粧や髪型で待ち合わせ場所に現れる。靴を左右反対に履いて出かけてしまい、相手に指摘されるまで気づかない。などなど…
それでもいいと言ってくれた人がほとんどだが、全部トラウマになってしまう美唯子は、自分から即やめしてしまう。
大人になってから一緒にいて自然でいられる男性は、他人では初めてだった。
修太郎と住所や電話番号を交換し手を振ったときには、もうすっかり夕飯の時間だった。それからなんとなくほぼ毎日、電話で話すようになった。
修太郎は、常に自分の髪型と戦う男である。今は、デビュー当時のひろみ郷のような、大きなカールが顔を覆うような髪型だ。ほぼ一月に一度髪形を変えている。彼は、月に6〜7センチ髪が伸びる。それが、髪型難民の理由だ。
修太郎は、山口県出身のどこか頼りない男である。俺について来い、とか、幸せにする、とか、俺がルールブックだ、とか絶対に言わない。たぶん自分から結婚しようと言う事もないだろう。美唯子は、彼のそういうところにほっとする。
特に何かにこだわりがあるわけでもなく、仕事や勉強に入れ込むわけでもなく、マニアックなところもない。薀蓄は言わない。車や時計に興味がない。ブランドはよく知らない。マニュアル本は読まない。お笑いとかを見ながらよく笑う修太郎を見てると、なんだか癒される美唯子であった。
「こんなふうが続くはずはないのかな。すごく幸せなんだけどな」
自分で生活する力をつけなければいけない。稼がなければ。母の苦労を子供のころから見てきた美唯子は、人一倍責任感が強い。でも、今のこの楽な不満のない毎日、温かい語らない修太郎といる人生の休暇を長引かせたいと思ってしまうのであった。
「(タマやクーみたいに、掌の中でゆらゆらゴロゴロしている感じかな〜)」
なんだかモラトリアムだ(ニートではない)が、まあいいやと思う美唯子。
しかし、こんな極楽を絵に描いたような美唯子も、半年前までは新卒入社の大手外資系企業の新卒で配属された部署で、大きなジレンマに陥っていた。
彼女に、さまざまな論理的哲学的課題を与え、普遍的道徳観、倫理観への目覚めとともに、企業倫理の探求を始める、人生の長旅に出るきっかけとなるできごと。
次回からこの話を。
この頃ヒットしていたのは、小林明子『恋におちて』
「なんて自然で唄いやすい曲だろう」
美唯子は、ピアノでコピーし、感動しながら弾き語りをしていた。
ベストヒットUSAでは、ジョン・パー『セントエルモスファイア』、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『パワーオブラブ』、プリンス、クール&ザ・ギャング、フィル・コリンズ、マドンナなどが流れていた。
序章「美唯子 失業中」
―美唯子 生活全般を修正する直前 少しだけ静かなひととき―
序−1 東京下町に母と子猫たちと暮らす
うらうらとした暖かい冬の日なた。東京下町門前仲町、コの字型木造平屋一戸建て、中庭の梅がほころび始めた。ふきのとうの固くたたまれていた黄緑色の葉も、柔らかく膨らみ始め、肌寒い中にも陽だまりに春の香りが漂う。
1986年2月、バブル絶頂期。業績絶好調のIT企業CCS株式会社の6次面接が終わり最終合否を待つばかりだった後前美唯子(うしろまえみいこ)は、縁側で日向ぼっこをしながら、失業した次の日に自宅の庭で保護した子猫たちにミルクをあげていた。
「2人の養育費を稼がなきゃね」
白黒のタマと三毛のクー。2匹は美唯子の両掌にすっぽり納まってゴロゴロいいながら転がされるままにうらうらと揺られていた。柔らかい日差しを浴びて、生まれたばかりの白い産毛がなんと美しいことか。
失業手当のほとんどを、獣医に支払う医療費や行き帰りの交通費に当てていた。縁側で猫とじゃれあう美唯子は、母親アイ子がしゃきしゃき働いているおかげでのほほんとしていられる。面接日以外は、朝から晩まで猫・ねこ・ネコの至福の生活だ。
父は行方不明だ。母は連絡をとっているらしいが。アジアのどこかへ自分探しの旅に出て、どこかに定着し、何らかの仕事を始めているらしいと親類が言っていた。
母との間では父の話はタブー。たぶん聞けば話してくれる。でも、パンドラの箱を開けてしまうのが美唯子は怖い。聞けば、今まで抑えていた父への怒りと恨みが大爆発を起こし、いつ果てるともない罵詈雑言が噴き出すに違いないのである。
「触らぬ神にタタリなし…」
母は、大学を卒業して以来の仕事である有名デパートのショップコーディネータを機嫌よく続けている。彼女をねぎらいながら、美唯子は父のことを一切口にしなかった。
ただ時々、「仕事、ご苦労様」などと普通に話しかけたきっかけで、母がはじけることがある。
「何で私が働き続けなきゃならないのよ(怒
)結婚したら少しのんびりすればいいよって言ったじゃない(怒
)のんびりするって仕事しながらかよ(怒
)あんた生んで3ヵ月後には仕事復帰よ(怒
)あの男は何してんのよ(爆
)一人で勝手に、結婚してすぐ南米に行っちゃったわよ(爆
)計画があるって聞いたとき、新婚旅行だとばかり思って『いいねー』って言っちゃったわよ(爆
)普通そう思うわよね(怒
)あのタイミングだったらさあ(怒
)で、今度は東南アジアかよ(爆
)(裂
)」
叫びは無限に続く。シャツを二の腕まで捲り上げ、空に向かってこぶしを振り上げ、炎を吹いていた。
「ママ、いただきもののアンポ柿があるよ〜♪お茶入れよっかね〜」
「や〜だ〜(嬉)」
突然機嫌がなおる。甘くて美味しいものがあれば、たいていのことは克服してしまう気のいい母であった。本当は不安で心配で悲しくて苦しくてたまらないのだが、下町っ子の心意気と、娘に苦しみを共有させたくない気持ちで、普段は自己抑制の塊になっている。ごくたまに、特にきっかけもなく、どうしても気持ちを抑えきれなくなり、父親への果てしのない悪口爆弾を降らせるのだ。
母の話は、いずれまた別のお話として詳しく。
中森明菜の『DESIRE』。
「こんなに歌唱力のあるアイドルがいるんだ。感動〜」
美唯子は感心しつつ、自宅で振り付け入りでのカラオケの練習。
「(けっこういける♪
)」
などと思っていた。
この頃は「ベストヒットUSA」が最高潮!美唯子は、音楽漬けの毎日だった。
ホイットニー・ヒューストン『How Will I Know』、サバイバー『Burning Heart』、ミスターミスター『Kyrie(キリエ)』、ジェームズ・ブラウン『Living In America』、他に、ビリー・オーシャン、シャデー、ワム、マイアミサウンドマシーン、スターシップなど♪ディスコサウンドを中心に、あらゆる音楽が輝いていた。
次回は美唯子の彼の話を。
―美唯子 生活全般を修正する直前 少しだけ静かなひととき―
序−1 東京下町に母と子猫たちと暮らす
うらうらとした暖かい冬の日なた。東京下町門前仲町、コの字型木造平屋一戸建て、中庭の梅がほころび始めた。ふきのとうの固くたたまれていた黄緑色の葉も、柔らかく膨らみ始め、肌寒い中にも陽だまりに春の香りが漂う。
1986年2月、バブル絶頂期。業績絶好調のIT企業CCS株式会社の6次面接が終わり最終合否を待つばかりだった後前美唯子(うしろまえみいこ)は、縁側で日向ぼっこをしながら、失業した次の日に自宅の庭で保護した子猫たちにミルクをあげていた。
「2人の養育費を稼がなきゃね」
白黒のタマと三毛のクー。2匹は美唯子の両掌にすっぽり納まってゴロゴロいいながら転がされるままにうらうらと揺られていた。柔らかい日差しを浴びて、生まれたばかりの白い産毛がなんと美しいことか。
失業手当のほとんどを、獣医に支払う医療費や行き帰りの交通費に当てていた。縁側で猫とじゃれあう美唯子は、母親アイ子がしゃきしゃき働いているおかげでのほほんとしていられる。面接日以外は、朝から晩まで猫・ねこ・ネコの至福の生活だ。
父は行方不明だ。母は連絡をとっているらしいが。アジアのどこかへ自分探しの旅に出て、どこかに定着し、何らかの仕事を始めているらしいと親類が言っていた。
母との間では父の話はタブー。たぶん聞けば話してくれる。でも、パンドラの箱を開けてしまうのが美唯子は怖い。聞けば、今まで抑えていた父への怒りと恨みが大爆発を起こし、いつ果てるともない罵詈雑言が噴き出すに違いないのである。
「触らぬ神にタタリなし…」
母は、大学を卒業して以来の仕事である有名デパートのショップコーディネータを機嫌よく続けている。彼女をねぎらいながら、美唯子は父のことを一切口にしなかった。
ただ時々、「仕事、ご苦労様」などと普通に話しかけたきっかけで、母がはじけることがある。
「何で私が働き続けなきゃならないのよ(怒
)結婚したら少しのんびりすればいいよって言ったじゃない(怒
)のんびりするって仕事しながらかよ(怒
)あんた生んで3ヵ月後には仕事復帰よ(怒
)あの男は何してんのよ(爆
)一人で勝手に、結婚してすぐ南米に行っちゃったわよ(爆
)計画があるって聞いたとき、新婚旅行だとばかり思って『いいねー』って言っちゃったわよ(爆
)普通そう思うわよね(怒
)あのタイミングだったらさあ(怒
)で、今度は東南アジアかよ(爆
)(裂
)」叫びは無限に続く。シャツを二の腕まで捲り上げ、空に向かってこぶしを振り上げ、炎を吹いていた。
「ママ、いただきもののアンポ柿があるよ〜♪お茶入れよっかね〜」
「や〜だ〜(嬉)」
突然機嫌がなおる。甘くて美味しいものがあれば、たいていのことは克服してしまう気のいい母であった。本当は不安で心配で悲しくて苦しくてたまらないのだが、下町っ子の心意気と、娘に苦しみを共有させたくない気持ちで、普段は自己抑制の塊になっている。ごくたまに、特にきっかけもなく、どうしても気持ちを抑えきれなくなり、父親への果てしのない悪口爆弾を降らせるのだ。
母の話は、いずれまた別のお話として詳しく。
中森明菜の『DESIRE』。
「こんなに歌唱力のあるアイドルがいるんだ。感動〜」
美唯子は感心しつつ、自宅で振り付け入りでのカラオケの練習。
「(けっこういける♪
)」などと思っていた。
この頃は「ベストヒットUSA」が最高潮!美唯子は、音楽漬けの毎日だった。
ホイットニー・ヒューストン『How Will I Know』、サバイバー『Burning Heart』、ミスターミスター『Kyrie(キリエ)』、ジェームズ・ブラウン『Living In America』、他に、ビリー・オーシャン、シャデー、ワム、マイアミサウンドマシーン、スターシップなど♪ディスコサウンドを中心に、あらゆる音楽が輝いていた。
次回は美唯子の彼の話を。




